グラフィックデザイナー・小田倉哲治について

小田倉哲治は新潟県南魚沼郡(現南魚沼市)出身のグラフィックデザイナー・イラストレーターです。幼少の頃は活発でイタズラ好きなスポーツマンタイプで、それほど絵にのめりこんではいませんでした。しかし中学校で出会った美術教師が小田倉の提出した絵を見て『君のタッチは独特だね。でも、すごくいいと思う。たとえ絵を仕事にしなくても、君には絵を描き続けて欲しい』と言ったそうです。この言葉がきっかけで、小田倉哲治は自分の絵というものを初めて意識したと言います。その後は絵に没頭し、高校も美術科のあるところを志望しましたが、両親に説得されて県立高校の理数科に入学しました。高校では美術部に入部し、部が参加する県のコンクールで優秀賞を受賞するなど、この頃から既に小田倉は才能の片鱗を見せています。

友人たちが一流大学への進学を意識しはじめた頃、小田倉哲治は『東京の美術大学に進学したい』という意思を固めました。この頃には両親も小田倉の才能を認めつつあり、学費の半分を両親が、残り半分を小田倉自身が払うという約束で、東京の美術大学への進学を許したそうです。小田倉哲治はそれまで専門的な美術の指導を受けたことはありませんでしたが、東京の美術系予備校で冬期講習を集中的に受けて受験対策を練り、現役で多摩美術大学情報デザイン学科に入学します。大学ではコンクールや展示会、デザインコンペなどに参加する傍ら、当時流行の兆しを見せていたコンピュータ・グラフィックスやDTPなどにものめり込んだそうです。

大学卒業と同時に、大学の講師の紹介で大手デザイン制作会社に入社しました。個人としての作品発表は続けながらも、会社に所属することで経営についてもノウハウを学びました。入社から3年後に独立し『小田倉哲治デザイン事務所』を設立します。事務所設立直後にイラストから装丁までを一人で手がけて発売したイラスト集『in my hand』は10万部を売り上げ、イラスト集としては異例の大ヒットを記録しました。

イラストの作風は線が幾重にも分かれる独特のタッチに、鮮やかな有彩色と力強い黒のコントラストが目立つエネルギッシュなものが中心です。モチーフは主に山や海などの自然、昆虫や馬、鹿などの動物が目立ちますが、近年ではその力強い作風の影響からか、アスリートを描いた作品も目立ちます。新書やゲームなどのキャラクターデザインも数多く手がけているため、若者のファンが多いです。

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